食べること

久しぶりに更新してみる。

なんとなく書く気が起きなくてほったらかしだったんだけど、気付いたらもうすぐ5月も終わりそうなので、せめてひと月に一回は書こうという不思議な義務感にとらわれての更新です。

これは80%は未来の自分のために書いているので、将来の自分からのプレッシャーとも言えるだろう。



本もいろいろ読んだけど、つい最近は家に置いてある料理の本を3冊、隅から隅まで熟読した。
年をとるごとに、おいしいものへの執着が増しているような気がする。

昔テレビかなにかで見たが、昔のどこかの国の貴族は、おいしいものを何度でも味わうために、食べては吐き、食べては吐きしていたらしい。
それを聞いたときは狂ってるって思った。
うらやましくも何ともないが、それでも、おいしいものは好きだけどすぐにお腹一杯になってしまう私は、お腹一杯になるたびに、この話を思い出すのだ。
栄養をからだに摂りいれるために食べることと、味覚や嗅覚を満足させるために食べること。
本当は互いに結びついているのに、この二つが極端に切り離されると、昔の貴族みたいにちょっと恐いことになる。
でも良く考えたら、今の時代の娯楽と呼ばれるものの中にもけっこうそういうことって多いのかもしれない。パチンコとかキャバクラとか。
いつの時代も人間は・・・ってことか。


私は吐いてまで味わいたいとは思わないけど、食べることはいつも喜びです。
「誰と」というのもとても大事。
ほんとにたまにしかないけど、とってもおいしい中華なはずなのに、両社の幹部が揃う接待だったために気を張りまくり、味が全くわからない、ということもある。
「うおープライベートできたい!!」って心の中で叫びながら、愛想笑いを振りまきながら、食べる。

だから好きな人たちと食事をともにする時間は大切にしたいし、人生の中でその時間の割合を増やすことは心がけたいと思っている。
# by fb001294 | 2011-05-29 11:17 | Trackback | Comments(0)

短気な姉ちゃん

この週末、東京の桜は一番見ごろだったでしょう。
弟とデートの帰り家、近所の桜がきれいだったので、家から二人してカメラを持ち出して撮りに出た。

いつの間にかマニュアル操作に少しだけ詳しくなってる弟のレクチャーを受けながら撮ってみる。

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弟の一週間の居候期間が終わり、ホッとしたとこ。
ひとえに私の部屋の狭さのせいだと思うが、それなりにストレスフルであった。

そして、少しの遠慮もなくイライラを爆発できる相手は、弟ただ一人であるということにも気付いた。
私にとって、早朝自分が設定した携帯アラームに気付かずひたすら寝続ける人間に、「うるさい!!!」と一喝できるのは弟以外にいない。
両親だったら、起きていって無言でアラームを消すだろう。
恋人だったら、優しく起こしてあげるだろう。

弟に遠慮がないというよりも、どうも弟に対してのみ、怒りの沸点が低い気がしないでもない。
それが私の素かもしれん。。恐い。

それは私と弟が対等で、そしてどんな態度であろうと、この姉弟という関係が変わることはないという事実が故でしょうね。
要するに甘え。

そしてそして、なおかつ仲が良いので、きょうだいは楽しいです。
# by fb001294 | 2011-04-10 23:49 | Trackback | Comments(1)

震災から18日

震災から18日経ちました。
この前の週末に、あれからはじめて本を読み、
今日、あれからはじめて通勤途中に音楽を聴きました。

日常の習慣を思い出したのは、先週、ずっとどんな心持ちで日々、と心配をしていた人と会うことができ、なんだかほっとしたというのもあります。


揺れはしたものの、何も被害を受けていない東京に住む私は、何を思っても思いきれていない、と自分のことを思い、何かが積もっていきました。

心配をしていたその人は、地元が、被災地となりました。
地元の人々や町並みに考えられないくらい恐ろしいことが起こったのに、自分は無事で、そして何もできないもどかしさ、無力感はいかばかりか。
そのことを考えると、固まってしまっていました。


亡くなった方や被災者の方の恐ろしさや悲しみを思い、これから先も出てくるだろう大変な苦労を想像し。
自分の心にも限界があって、全てに同じように心を尽くすことはできないけど、ささやかな自分のできることと、まずは目の前の心を尽くせる人に、ちゃんと心を尽くそうと思いました。結局それしかできない。


なんだか自粛モードの世間ですが、元気で不便のない人間としてちゃんと日々の生活をし、お金を使い、元気でいようと思います!
# by fb001294 | 2011-03-30 00:18 | Trackback | Comments(0)

聞く耳

聞く耳を持つ人を、私はとても素敵だと思う。
できるようで、なかなかできない。

自分に自信があり、強い信念を持ち、これまでの実績がある人ほど、この「聞く耳」を持たない場合があり、残念な気持ちになる。
自分のやってきたことに自信があるから、自分と同方向の意見しか受け入れられない。
自分の信じているもの以外は、存在を認めない。
そんな人を見ていると、それはそれで宗教だなぁと思う。自分という宗教。

純粋な好奇心、相手を受け入れる姿勢、理解するための感性と能力、自分や他者に対する誠実さ。
聞く耳を持つ人は、これらを持っている。
聞く耳を持ってはじめて、本当の会話ができるのだと思う。

全てにおいて聞く耳を持つ必要はないのかもしれない。
合う人と合わない人って確かにある。

だけど、誰かがチラリと本音をのぞかせる。
それは言ってみた、という程度のものかもしれないし、思い切って出した言葉の端だったのかもしれない。いずれにしてもその先には深い海が広がっているのだ。

聞く耳を持たないことは、その深い海への入り口を遮断することになる。
その態度は、人の心の海への入り口をキュッと閉じさせてしまう。

本当はその海は、私とあなたとでつながっているのに。
# by fb001294 | 2011-03-10 23:43 | Trackback | Comments(0)

かなしみ

とても悲しい夢をみた。
母が死ぬ夢。

死んだという連絡を受けて、駆けつけたのだけど、もう生きた母はいなかった。

呆然として、もう会えないということに、その取り返しのつかなさに、からだの中が空洞になったみたいだった。

しばらくして、魂だけになった母が私に会いにきた。
「いや~、びっくりしたよ。頭の中でパチンと音がして、あ、いかん、と思ううちに目の前が真っ暗になっていってね。あんたに電話して呼ぼうとしたんだけど、間に合わんかったんよ」
と言って笑っていた。

「今はこうしてここにいれるけど、2、3日したら行かないといけない」と言う。

「知ってるよ、そっちの世界があるんでしょう?魂が完全に消えてなくなるわけではないんだよね。また会えるでしょう?」と聞くけど、母はあいまいに笑うばかり。

私は2、3日の別れの準備の時間をくれて、ありがとう、と焦りとかなしみと一緒に思っていた。


目が覚めて、夢であることにほっとしつつ、かなしい気持ちは全然抜けなかった。
夢の中の幽霊の母が言ったことは、脳梗塞なのではないか、と素人ながら思った。

かなり迷ったけど、これで本当に母が倒れたりしたら、悔やんでも悔やみきれないと思って、昼間に思い切って電話した。
「お母さん、元気?」と聞くと、
「うん、元気よ~。今、天草」と能天気な声。

「お母さんが脳梗塞になってしまう夢を見たから、気をつけるんだよ」と言うと、
一瞬「あら」と不安な声になったので、こんな話をしたことを少し後悔した。
でもすぐに、「うん、わかった。気をつけます」と言ってくれた。


もうどうやったって絶対に会えないと知ったときの、あのなんとも言えない感じ。
この世で一番嫌な気持ちだ。昔、伯母が亡くなったときと同じ気持ちだ、と思い出した。
二度と味わいたくない。
だけど、いつか絶対にやってくること。
そのときは一体どうしたらいいんだろう。
いい年した大人なのに、まったく心構えができていない。



「かなしみ」について考える。
かなしみはどこからくるのか。何故かなしいのか。

もう会えない。
それは我慢ならないくらいさみしいことだ。諦めがつかない。
それは、デパートでおもちゃを買ってと駄々をこねる子供の気持ちに似ている。
どうしても欲しいのに、手に入らない、そして諦めなければならない。あれは子供なりに絶望的にかなしい気持ちだったのを覚えている。子供のときのそれは一瞬のものだけど、大人の私はなお諦めきれない。それが絶対的な別れであることを知っているから、なおさら辛い。

かなしみの仕組みを知ったら、かなしくないのだろうか。
人は、それが人生に彩を与えると言うだろうし、あらゆる感情を含めて人間だ、と言うだろう。
でもできることなら、かなしい気持ちはいらない。
こればかりは、私はおもちゃ売り場の子供みたいに、地団駄ふんで聞き分けがないに違いない。


竹内整一先生の著書で学んだ、「かなしみ」の語源。
【「かなしみ」の「カナ」とは、「・・・しかねる」の「カネ」と同じところから出たものであり、何ごとかをなそうとしてなしえない張りつめた切なさ、自分の力の限界、無力性を感じとりながら、何もできないでいる状態を表す言葉】(竹内整一『「かなしみ」の哲学』より)

本当に、よく表しているなぁと思う。
「・・・しかねる」
あきらめかねる。
この完了のできなさ。
日本人独特の言葉であり、オリジナルな感情。

もっとよく考えてみようと思う。
# by fb001294 | 2011-02-27 00:30 | Trackback | Comments(2)


ただの日記です 80%くらいは未来の自分が楽しむために書いてます。20%くらいで人に近況報告してるつもりです。


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